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 高橋新太郎セレクション 1

近代日本文学の周圏

高橋 新太郎(著) / 高橋 博史(解説)

A5判  416頁 上製
定価 4,200円+税
ISBN 978-4-305-60041-7 C0093
在庫あり

奥付の初版発行年月 2014年06月
書店発売日 2014年06月19日
登録日 2014年05月07日

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解説

文学者たちは戦中・戦後の困難のなかをいかに生きたのか。生前の構想に基づく論考集。没後10年。独自の存在感を持った方法論を打ち立てた、独創的な国文学者・高橋新太郎の仕事を振り返るシリーズ。

紹介

没後10年。
変遷する時代の研究動向とは距離をとりながら、独自の存在感を持った方法論を打ち立てた、独創的な国文学者、高橋新太郎の仕事を、今、振り返る。全3冊のシリーズ。

第1冊目『近代日本文学の周圏』は、生前の著者の構想をもとにした論攷を収めた。
文学者たちは、戦中・戦後の困難のなかを、いかに生きたのか。近代日本文学の時代精神を、資料自身に語らせるように、鮮やかに炙り出していく様は、圧巻である。「氏は〈「戦争責任」についての問題〉は、自身の〈年来の課題〉であるといい、また〈表現者としての多くの文学者が、〈己の戦争〉を原点とせずに戦後を出発させた〉ことを難ずる。―高橋博史氏」。解説・高橋博史[白百合女子大学教授]。【推薦】紅野謙介・安藤宏・十重田裕一。

【高橋新太郎氏は、近代文学研究の表通りを闊歩するというタイプの研究者ではなかった。変遷する時代の研究動向とは距離をとりながら、独自の、存在感をもった研究を進めてこられた。それを支えていたのは氏自身の方法であった。いうまでもなく文学研究においてどのような方法に拠るかは、避けて通ることのできない問であり、変遷する時代の研究動向とは、様々な方法の交代劇に他ならない。そうした中で高橋氏は、氏自らの方法を―氏が好んだ言い方を借りればおのがじしの方法を探り、作り出していった。】......本書「解説」(高橋博史)より

目次

凡例

鴎外と「乃木神話」の周辺
五条秀麿--「かのやうに」(森鴎外)管見
「末期の眼」から「落花流水」まで
川端康成の〈方法〉断章
チャタレイ裁判の抵抗
「蒼き狼」論争の意味するもの--史の制約と詩的真実
学習院・『文藝文化』--三島由紀夫・啐啄の機縁
「金閣寺」(三島由紀夫)1
「金閣寺」2
文学者の戦争責任論ノート
転向の軌跡--三好十郎ノート
時代の煩悶--藤村操「巖頭之感」の周辺
不断着の抵抗・生方敏郎『古人今人』
『文学報国』の時代--しのぎと抗い
『近代への架橋』--長谷川泉とその時代
     *
総力戦体制下の文学者--社団法人「日本文学報国会」の位相
馴化と統制--装置としての「文芸懇話会」

解説・高橋博史
著者の覚え書き     
編集部より

前書きなど

【推薦文】

しのぎと抗い

紅野謙介(日本大学教授)


 高橋新太郎は三好十郎の転向問題に始まって、戦争責任にこだわり、戦時中の「日本文学報国会」や雑誌『文学報国』に着目し、詩誌『リアン』をめぐる研究に情熱を注いだ。川端康成などの作家研究もあるが、目論むところはひとすじ、政治にふりまわされる文学者たちの軌跡である。多く、こうしたテーマに関心を寄せるものはおのずとはったりが身につく。どうしても大仰な言葉が浮き立つ。高橋新太郎の文体にはそれが稀薄である。引用に語らせ、みずからは慎重に言葉を選んだ。
 生前、高橋はほとんど著書をまとめることなく、学習院という恵まれた、しかし特異な教育の場に身を置きながら、学界でも論壇でも裏通りを歩いているかのような処し方を貫いた。それは周囲からみて、ときに歯がゆいほどだった。学問が否応なくこの現実のなかで動く制度でもある以上、含羞の人ではいられない。だが、時は過ぎ去った。故人の人柄を慕うものたちによってまとめられたのがこの三巻である。いま改めて浮かび上がるのは、彼が背を向けながら資料に向かい、古書を並べて独語する言葉の数々である。なかでも『文学報国』をめぐる論文につけられた副題「しのぎと抗い」に目が向く。不本意な、苦しい状況のなかでどのように文学者は切り抜けようとしたのか。耐えて切り抜けるはずが相手に寄り添うことになり、支えているかのように見える立場に転じてしまう。ひとりの生活者でもある作家たちの一時だけの「しのぎ」がやがて生活の手段ともなり、血肉化することもあれば、静かな目立たぬ「抗い」と判別つきがたいふるまいともなる。高橋新太郎という書き手はそうした人の生の危うさに敏感に反応したのである。含羞の背後にあるものがちらりと見えた気がした。

* * *

小さな記憶が掘り起こされ、交響し、巨大な「歴史」を生む

安藤宏(東京大学教授)


 「文化研究」という言葉が耳に心地よく流通し、重宝される昨今だが、あたかもこのタームが使われる頻度に反比例するように、背後に必要とされる資料収集、文献実証の精神が希薄になりつつあるように思う。一つのテーマに都合のよい資料を、内のりにそって功利的に集めてきた研究は、たとえいかに扱う資料の数が多くてもどこかに胡散臭さが漂う。その意味でも「高橋新太郎セレクション」は、一見今日の研究動向にマッチするかに見えて、実はそれを根源的に批判するエネルギーを持っている。戦争犯罪にせよ、天皇制言説にせよ、「雑誌探索ノート」に用いられる資料はあらかじめそれらの目的にそって収集されたものではない。長い蓄積のうちに一堂に会した資料が関連領域の外に自ずと拡がりを見せ、それに立ち会うこと自体に淫しつつ、なおかつその眩暈と闘う中で、相互の意外なつながりが自得されてくる独自の「系譜学」なのである。この種の仕事は当然のことながら、いわゆる「論文」の形はとりにくい。忘れ去られていたはずの小さな記憶が一つ一つ掘り起こされ、相互に交響して巨大な「歴史」が生成されていくということ。その意味でも氏の仕事はこうした「セレクション」として示されるのが最もふさわしい。
 心からの敬意をもって、〝玩物有志〟の希有なる業績の集成を祝したいと思う。
                           
* * *

膨大な資料に基づく、時代と人をめぐる思考の軌跡

十重田裕一(早稲田大学教授)


 十年前、遺稿集『杜と櫻並木の蔭で--学習院での歳月』に接した際、高橋新太郎氏の文章をまとめて読んでみたいと思った。そうした希望を叶えてくれる待望の書物が、このたび上梓される運びとなった。
 「高橋新太郎セレクション」の三冊では、著者が生前に蒐集した書物や雑誌が紹介されるとともに、浩瀚な蔵書に基づく思索が展開されている。著者の関心は、近代日本において煩悶、抵抗、転向した人々や、時代を大きく揺るがす戦争、裁判、論争などの出来事に向けられていた。このセレクションには、膨大な資料を蒐集し、人が時代と格闘し、相渉ることの意味を真摯に問おうとした著者の姿勢が一貫してうかがえるとともに、その思考の軌跡が映し出されている。
 存在が忘却されることなく、没後十年の歳月を経て、最初の研究書が上梓されたことは、故人のみならず、学界にとっても僥倖である。人は亡くなってから後に、改めてその真価が問われるとすれば、高橋氏のそれは、この三冊からはじまる。

著者プロフィール

高橋 新太郎(タカハシ シンタロウ)
1932年5月5日生まれ。1960年、学習院大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1969年、学習院高等科教諭。1982年、学習院女子短期大学国文科助教授。1983年、学習院女子短期大学教授。1990年、学習院女子短期大学図書館長。1998年、学習院女子大学教授、国際文化交流学部日本文化学科主任。2003年1月11日逝去(享年70歳)。2003年4月、学習院女子大学名誉教授。
著書に『杜と櫻並木の蔭で』(非売品。2004年7月30日、笠間書院刊)。
高橋 博史(タカハシ ヒロフミ)
白百合女子大学教授。

上記内容は本書刊行時のものです。

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